きんもこ@nifty コンピュータ編: そして週末…山田祥平のRe:config.sys
ページレイアウトビューってのは、印刷プレビュー画面での編集が可能になったということと考えればいいのかな? 大げさに騒ぐほどのことでもない感じ。
え、それって凄いじゃないですか?プレビュー画面で印刷上のレイアウトが整えられるなら、凄い便利っすよ。
最終出力を紙ベースにしなければならないってのは、いかにも無駄に思えますよね~。でも、それが扱いやすいんだからしょうがない。数ページ見るだけならアクセス速度や検索速度はピカ1です。めくるだけ、みるだけなんだもん。
最終的には、紙が記憶媒体になってくれればいいなーと思います。紙をPCに入れると外部メモリとして認識して、そこにデータを入れると、印字されたようになる、と。
右上を指で弾くと拡大、右下を弾くと縮小。なんちて。紙に書き込むと、データとして記憶される。消すと真っ白に。ホチキスで留めると、穴があいた数ビットだけ無くなる感じで。
引き出しの形をしたスロットに紙を放り込むだけで、PCにマウント。エクセルデータをそこにドロップするだけで、引出しを開くと、印字状態で記憶されている紙が。
なんて、すばらしい世界だ~。・:*:・( ̄∀ ̄ )。・:*:・
ところで、例のconfigコラムの話。
執筆者は、なんか紙と鉛筆を排除したがっているようですが、そんなことしなくてもいいと思います。新しい概念はなにがなんでも新しいハコが必要なんでしょうか?
「自然とは馴染むということである」というのも、当たり前ですね。ヒューマンインターフェースが重視されるプロダクトを作ったことがある人間なら、身に染みて感じていることでしょう。紙と鉛筆が自然な形であるというのは、言い換えれば長年馴染んだ形であるということ。それはそれでいい。
マウスしかり。三輪車にいつまでも乗っていて良いんです。三輪車から二輪車に乗り換えるのは、三輪車の使い勝手が悪くなるからです。二輪車に比べて遜色ないのなら、皆三輪車を使いつづけることでしょう。TVがリモコンになったのは二輪車が三輪車になったのでしょうか?リモコンを卒業して、ダイアル式に移行すべきなのでしょうか?
もちろん、マウスより使い勝手が良いモノが出てくるかもしれません。でも、出てこないからといって、マウスが「あるべき姿ではない」というのは、それこそ「あるべき自然なものがあると信じている」ことではないでしょうか?あるべき形がきっとあると考えることの方がよっぽど「不自然」です。
それから、Webになってページの概念が無くなったわけでは無いと思います。Web以前から、PCの世界ではページの概念はなく、スクロールの概念が主だったのですから。シェル画面しかり、テキストエディタ画面しかり。だから「紙の概念から脱却できたのはページの概念だけ」というのは、ちょっと違うかな、と。
さて、と。ひらめいたのはそんなことではないのです。
先に書いた「インテリジェントな紙」はいつになったら実現/実用化されるのかわからないので、もうちょっと現実的なことを。
紙に出力ってのは、やっぱり外せません。でも出力元の情報が日々アップデートしていく中で、再度印字するのはもったいないですね。
そこで、ウラ紙専用のスロットを備えたプリンタを是非作って頂きたい。まっさらな紙はトレイに入れます。さらに、PCで印字するとき出力先にウラ紙に出力するのか、新紙に出力するのか決められるようにするのです。できれば、ウラ紙スロットは入っている紙に対してかかれていない面を自動的に認識して、その面にインクを当てるようにする。両面にかかれていたら、内蔵シュレッダーで裁断する。
どうでしょ。かなり便利だと思うんですが。
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